【病人(やまいびと)、朝日に還る-1】
                                  狐穴小屋で療養


狐穴小屋付近から暮れゆく日本海

【日 程】2007年7月24〜26日(金土日)
【山 域】朝日連峰
【山 名】寒江山(1695m) 以東岳(1771m)
【天 候】全て晴れ
【メンバ】単独
【コース】8/24 日暮沢→龍門山→狐穴小屋
(概 略) 8/25 狐穴小屋→以東岳往復→龍門小屋
     8/26 龍門小屋→日暮沢


8/24 日暮沢小屋(6:52)---(9:32)清太岩山(9:45)---(10:15)ユウフン山(10:24)---(11:17)龍門小屋(12:36)---(13:45)寒江山---(14:30)狐穴小屋


辛い病だ。
朝日を離れておよそ一月、こんなに辛い症状の記憶は最近ない。
夏休みに会越国境の山を歩いたのだが、山の病は完治せず、もやもやとした焦燥感が澱のように残った。決して会越の山に問題があったわけではないのだが、朝日という山への憧憬がくすぶり続く闘病の日々が続いた。

と言うわけで3日間(初日は会社を当然の急病で休んで)快晴の下みっちり朝日で療養した。

事前の情報では8/23〜24に日暮沢林道は工事のため終日通行止め、しかしそこはダメもと、早朝工事が始まる前を狙って通過を試みたら問題なく日暮の小屋まで入ることが出来た。小屋前には宮城ナンバーと地元の車が停まっており、準備をして出発するも二泊の荷物はズシリと肩に食い込む、焦ってもしょうがないのでゆっくりゆっくり歩を進めると、噴き出す汗と共にだんだん身体が浄化されていくのがわかる。

平日の山行故、道中いたって静か、二人の登山者とスライドした以外は龍門まで誰とも会わなかった。しかし静寂を打ち破るかのように突然地響きが聞こえてきた。
視線を上げると野ウサギが一匹すごい勢いでこっちに向かって登山路を疾走してくる。瞬間固まっていると、人を恐れるでもなくすぐそばを一瞬ですり抜けていった。あっけにとられ見送っていると背後からまた地響きが聞こえた。振り返ると今度はテンが全速でこっちに向かってくる。しかしテンは私を認めるや藪の中に進路を変えそのまま通過、すぐに登山道に戻るとウサギの後を必死に追うかのように見えなくなる。一体何が起きているんだろう。 秋の大運動会・・・???

ちなみにその後クマなんか出てきたら最高の展開なのだろうが、残念ながら親方との遭遇は無かった。

大汗をかきながら清太岩山へ、ここまで来るとやっと朝日に戻った気がする。この日の眺望は抜群で殊の外大朝日が大きく見えた。
稜線の風も爽やかで一瞬で汗が乾き爽快だ。暫く360度の展望を楽しむ。
荷物を下ろしたらフワリと体が自然に浮いていくような感覚を覚えた。


   
いつもより大きく感じた大朝日岳   と   龍門小屋へ続く稜線


朝日の心地良い風に吹かれながら楽しい稜線闊歩を満喫して龍門小屋へ到着、まだ誰もいない小屋の中でゆっくり昼食休憩、ひんやりした床板に火照った体温が吸い込まれていく。
暫くすると外に人の気配がした。出て行って挨拶したら大朝日経由の単独行者、なんと地元大井沢にお住いとのこと、小屋にあるデポの朝日ビールを当てにして来たが管理人がいないのでがっかりしたとのこと、じゃあ私のを譲りましょうかと言ったらいやいやと遠慮なされた。

色々話し込んだら、福島市から移り住んで5年という方で、釣り(フライ)が本職?なのだとか、せっかくここに住んでいるんだから山も登ろうと大朝日に行ってきたとのこと、何とも羨ましいなあ・・・
この山に入るといろんな考えを持った人達との出会いが実に楽しい。そして皆決まっていい笑顔を持っている。

ちょうどお日様が真上に来る時刻、日焼け止めを塗り重いザックを再び背負い、寒江山を目指し出発、ここからは朝日のメインコースで眺望や可憐な花々が疲れを吹き飛ばしてくれる。
日本海からの風も実に爽やかで、素晴らしい天上の楽園をただ一人歩くことが出来る幸運をかみしめながらゆっくり進む。行き交う人は皆無だ。


   
深い谷が続く中俣沢    と    乱れ咲くミヤマリンドウ


百畝畑のマツムシソウやシャジン等の夏花は終わりに近く、アキノキリンソウやリンドウの秋の花が咲き始めている。ここのマツムシソウは相変わらず目に眩しく、コゴメグサの小さく可憐な白い花に心が和む。未だ残る残雪の消え際にはキンポウゲだろうか黄色い花が咲き、顔を出したばかりの淡い緑が春のようで、とても懐かしく、また涼を感じる。
季節の移ろいがゆっくりと感じられ、身も心もこの場所にすっととけ込んでいく。


   
天を突く南寒江山    と    今年最後のマツムシソウ


狐穴小屋には大館からと言うご夫婦が休んでおられた。水場のバケツにすぐさま朝日ビールを投げ込むと、クルクルと回る缶の姿にグッとこみ上げる感情を暫し封印、冷えるまで今少しの辛抱である。
まずは小屋に荷を置き着替えを持ち噂の風呂で身を清めると、すぐに一本取り出しプルリングを引く、乾いた喉にじわりと染み込む快感は筆舌に尽くしがたい。この一瞬のために我慢してきたのだ。

落ち着いてから先行者と暫し雑談、早朝5時に日暮から入り、以東を目指すも途中で断念、これから竜門に戻り明日大朝日経由で日暮れまで下るとのこと、タフである。ご夫婦を見送るともう誰もいない。この時間に管理人のA達さんが来ないと言うことは、今夜は多分小屋を独占できるのだろうが、せっかく持ってきた重い液体がちょっともったいない気がした。


   
緑に輝く相模山   と   二ッ石方面と月山


冷たいせせらぎと涼やかな風を感じ木道に身を横たえ、冷たい朝日ビールをやりながら朝日の音を聴く。夢にまで見た至福の一時である。雄大な以東岳からの子守歌を聴きながら微睡む。

狐のお風呂の向こうには、日本海を望む展望の良い場所がある。お気に入りのウイスキーを持ち日本海に沈む夕日を眺め、刻々と変わる茜色に視線を固定、夏が吸い込まれていくような雄大な光景を堪能した。
ほんの少しだけ巨大な佐渡の影が見えたような気がした。

暗くなる前に小屋の中に場所を移し一人静かに山との対話が続く。暫くすると窓の外には月明かりに照らされた以東の姿が暗闇にポッカリ浮かんでいた。
見上げる空には手が届きそうなくらい近くに北斗七星やカシオペアが見える。
明日の朝もきっといい顔で朝日は迎えてくれると確信する。
それにしてもこんな素晴らしい日に、一人だけの至福の夜を過ごせるなんて私はなんて幸運なんだろう。



次の日へ続く