【八甲田山】

【日 程】1998年8月15日
【山 域】八甲田山
【山 名】大岳、赤倉岳
【天 候】曇
【メンバ】単独

酸ヶ湯温泉(7:00)---(8:05)仙人岱ヒュッテ---(8:30)鏡池---(8:40)大岳(8:45)---(9:27)赤倉岳---(10:29)毛無岱(11:00)---(11:40)酸ヶ湯駐車場


7時に登山口を出発、硫黄の匂いが立ちこめる中、ゆるい登山路は続いていく、途中ほんの40m四方くらいの場所の植物がすべて立ち枯れている。何でも突然火山性のガスが噴出しこうなったそうである。いまだ八甲田は火山活動が収まっていない山域である。ガイドブックに依れば仙人岱(せんにんたい)まで1時間20分、そこから最高峰の大岳まで55分とある。つまり休憩を入れて2時間で最高峰到着と言うことらしい。ちなみに八甲田も深田久弥の日本百名山の一つ、さぞかし登山者で賑わっているだろうと思っていたが、仙人岱に着くまで一人の登山者とも会わなかった。不思議な山である。

前日の酒が程良く汗になり喉が渇いてきた頃に仙人岱に到着、ガスが朝からかかり展望は全然利かず10m先も見えない有様だ。ここには「八甲田清水」という水場があり喉を潤す。本来湿原であったが、登山者に踏み荒らされ当時の面影はなくなってしまったと傍らの看板に書いてある。今は木道が敷かれ、土地入り禁止の看板とロープで保護してある。いつもの年なら雪が残っているそうだが今は全然ない。花々も殆ど終わり、所々にオオバギボウシの花が見えるくらいで特別なんの感慨もない。すぐに出発し大岳を目指す。この辺から登山者がチラホラと見え出す。登山道も急にきつくなりガスの中、道なりに登っていくと森林限界を抜けたのか辺りには這松すらない荒涼とした世界が広がる。強い雨が降ると地面が流失するのか、木組みで全面補強してある。これも環境庁の言う自然保護なのだろうか。全然国立公園らしくないが、、、

突然目の前に水たまりが見えた。看板によると「鏡池」と言うらしい。青森で最も標高の高いところにある両生類の産卵場所だそうで、爆裂火口に水が溜まったものだそうだ。晴れていれば印象もまた違ったものになろうが、この日の天気ではただの水溜まりにしか見えなかった。

ほんの少し登ったところに祠がポツンとあった。こう見えても信心深いところのある私は、自然に手を合わせているのだった。何を祈ったのかは神様しか知らない。山頂は目と鼻の先のようだ。

ガイドブックによると大岳山頂は360度のパノラマが広がる絶好のビューポイントだと言うが実際は2m先も霞む天気、水をたっぷり含んだ冷たいガスが吹き付けるとても寒い場所だ。それでも登山者が数人休んでいるのが目に入った。皆、雨具を着込んでいて半袖のポロシャツ1枚という馬鹿は私だけである。三角点の標石と、ここが大岳山頂である旨の書いてある看板しか見えない。

それから後はあまりの寒さにじっとしていることが出来ずに本能的に反対側に下っている自分を意識したのが15分後の大岳避難小屋に到着してからだった。もう少し厚着をして山を歩くべきなのかも知れない。

突然目の前に大岳避難小屋が霧の中から現れた。よく見ると最近新築したばかりなのかログハウス風の造りのとても立派な小屋だ。せっかく来たのだから中に入って見学していく。
扉を開けると一人の男の人が休んでいた。一応挨拶し世間話をする。彼は僕とは反対の酸ヶ湯からのコースを登ってきたそうで、地図のコースタイムなんて全然当てにならないとぼやいていた。そういえば僕の登ったコースもコースタイムでは2時間位要するのに実際は1時間半で登ってきたから冬の装備でのコースタイムであろうと話がまとまった。

 避難小屋の中は広く清潔で綺麗な毛布や石油ストーブまであった。なかなか管理者も気の利くことである。ここでこの先どうしたものか悩んでしまった。というのは縦走コースを先に進んでもこの天気では何の眺望も得られないだろうし、ここからエスケープして酸ヶ湯に下ってもいいのではないかという気がしてきたからである。しかし、馬鹿と煙は何とやら、せっかく来たんだからと思い直し予定通り先に進むことにした。

この先のコースはあまり人が入らないのか深い笹に覆われている。通過するたびに湿気を帯びたガスが濡らした笹の葉で足下がビショビショになる。

相変わらず天気は5m先も見えない。避難小屋を出るとすぐに少し急な登りになり暫く行くと井戸岳に到着する。天気さえ良ければ下方に火口湖が見えるはずなのだが白い雲しか見えない。ここから尾根道を暫く進むと赤倉岳、途中はイワブクロがかなりの群落を見せてくれた。イワブクロというのは結構遅く咲く花なのだ。薄紫色の花の中に時に白い花の群落が見える。同じイワブクロなのにこんなに色が違うというのも面白いものだと思い、近くで見たいと思ったが、ロープが張られていて近寄れない。この辺のマナーは登山者なら守るのが普通だが、いかんせん世の中はいろんな人がいるのである。

そんなことを考えながら歩いていると右側が切れ落ちているのがわかる地形になった。たまにロープの張ってあるところもある。赤倉岳の最高点に書いてある看板によれば爆裂火口の絶壁だと言うことだ。たぶん想像するに水蒸気爆発によるものだと思う。山の中腹から上がスプーンでプリンを削ぎ取ったみたいになくなっているのが何となくわかる。あいにくの天気のため全体が見渡せないが、雰囲気で大体わかるのは年のせいだけではないだろう。

国立公園の範囲であり一般人がロープウェイでかなりの高度まで登ってこれることもあってかコース整備は万全だ。ここで迷う人はまずいないだろうが、いかんせん山だからなめたらあかんぜよ。道は赤倉岳の最高点から急に下っている。何とも残念な山行で晴れ間が一回もないというのは真綿で首を絞められているような気がする。日頃の行いが悪いのかとも思うが日本全国から見れば雨が降ってないだけ良しとしなければいけないのか、まあ意見は分かれる。

赤倉岳から諦めて下る。コース途中には階段が造られていてとても登山道とは思えない。途中ふと顔を上げると一瞬ガスが切れた。遙か下方に山並みとロープウェイの駅舎が見えた。八甲田の山並みはなだらかな円錐型の山並みが続く。鳥海や富士のような曲線を描いたシルエットではない。あくまでも円錐型だ。見方によっては面白い山で大岳などはとても八甲田の最高峰には見えない。景色が見えたのはほんの一瞬、カメラを急いで取り出そうとするが間に合わなかった。さっき避難小屋で会った人も言っていたが、天気が悪いのは山頂部のある一定の高度から上だけのようだ。下って行けば行くほど晴れ間が広がる皮肉な山である。

途中からロープウェイで上がってきたと思われる人達が、ふうふう言いながら登ってくるのに行き会う。予定では駅舎のある田茂萢岳まで行くはずなのだが、何となく一般の観光客を見たら気が引けたというのが正直なところで途中から上毛無岱への分岐を進む。

この分岐からの道を進むと、さっきどっちに行こうかと迷った大岳避難小屋から下ってきた道と交差する。地図によれば30分かかると言うことだ。この辺から木立が高くなり視界が効かなくなる。あまり人が通らないのか所々ぬかるんだ道が続きアップダウンも若干ではあるがある。大きなブナやダケカンバが林立し豊かな山域であることが良く理解できる。合流点から少し下ると上毛無岱の広大な高層湿原が現れる。傍らの案内板には尾瀬と並ぶ本州を代表する高層湿原とある。途中の見晴らしの良いところにテラスのような休憩所がありベンチまである。ここから振り返ると大岳がガスに包まれて雄大な姿を見せてくれる。峰の反対側から山腹を這うようにガスが流れてくるのがよくわかる。

湿原は広く、穏やかな風が吹いている。緑の細い葉の草原が優雅に風に舞い。池塘の水面には青空が映え、小鳥の囀りが聞こえ、こんな所で昼寝でもしていたら気持ちいいだろうなと言う気がして来たと思ったら夢の中であった。
ほんの少しの間昼寝をしたのか気が付くと辺りには誰もいない。ざわざわと緑の草が風に揺れていた。よっこらしょと掛け声をかけ起きあがるとそろそろ出発の時刻、スタスタと歩き出し暫く行くと急な階段が待っていた。タッタッタと一段飛ばしに下ると突然視界が開けた。そこは下毛無岱の湿原が一望に見下ろせる場所だった。デジャブとでも言うのか何処かで見た感じがする。家に帰ってから東北の登山ガイドを見るとこの景色が載っていた。それは紅葉の下毛無岱の写真で、その季節に又ここに来たいという欲望が沸々と湧く景色であった。と言うのも今回の山行がずっと雲の中だったという状況がそういう気持ちにさせてくれたのかも知れない。8月の盆には日本全国何処に行ったって人でいっぱいだというイメージが少なからず存在していたのだが、ここ本州最北の地ではそんな心配はいらなかった。但し、山の上での話ではあるが、、、

下山後の一風呂を酸ヶ湯温泉千人風呂で浴びる。誤解を恐れずに申し上げれば、酸ヶ湯温泉には混浴大浴場のほかにも男女別の内湯も存在する。前日の風呂ではシャンプーも出来なかった。あんな強酸性のお湯では石鹸は泡立たないし、髪など洗ったものなら、マイクタイソンの元マネージャーみたいな落雷頭になってしまう。実際打たせ湯の所にはビニール袋が置いてある。子供達が頭にかぶって浴槽の中を闊歩していたのだが、次第に使用目的が判明してなるほどと思った。要するに頭にかぶって頭髪を保護しながら打たせ湯を使うと言うことらしい。つまり温泉というのは百薬の長のように言われてはいるが温泉の所有者がこのお湯は頭髪には悪いですよと間接的に言っているようなものなのだ。毎日シャンプーしないと気が済まない私は仕方なしにこの日の洗髪を断念した苦い経緯があって、下山後の風呂はきっとシャンプーしようと決めていたのだ。

入場券を求め前回を含めると3回目の入浴となる勝手知ったる他人の風呂、千人風呂を通り越し別棟の風呂に向かったのである。内湯であれば真水のシャワーがあって心ゆくまでシャンプーが出来ることを楽しみにして、、、、。、
 が、、、入り口まで差し掛かると案内看板がありまして、内湯は日中、婦人専用の旨が記されており、何人もの男性客が引き返していた。
これは完全なる性差別である。憤りが沸々と沸き上がってくるのを覚え、それに必死で耐え、この無情に涙を流し仕方なしに千人風呂に向かった次第である。お陰様で「怒髪天を突く」頭になりまして車に戻り濡れたタオルにさらに帽子を被り車中の人となり下山である。

3回も千人風呂に入るとそれなりに発見もあるもので、まあ詳細は怒られるので記さないが混浴も時に良いものである。