【まな板の上の米沢鯉】



苦手な職業三つを誤解を恐れずに独断と偏見をもって上げれば「医者」「公僕」「政治家」である。もちろん決して個人を特定しての話ではないが、私の考え方とは根本的に合わないと思われる職業である。特に医者は親子二代にわたって得意でない。

金沢のスーパー山スキーヤーのDr早川氏のサイトをよく見ている。職業柄、胃や大腸についての書き込みが豊富である。氏の言を借りれば、40歳を過ぎたら一年に一度は必ずチェックをしないと、とんでもないことになると言う脅し文句が、頻繁に見られる。山スキー界でも超有名であるが、内視鏡の専門医としても日本有数の技術を持ったお医者さんだと伺っている。

中年真っ盛りの自分は決して自慢できる話などではないが、過去に一度もその手の検査を受けたことがない。世の中にバリウムというとても美味しい飲み物があることを知ってはいたが、残念なことに未だ味見したこともない。ましてや内視鏡なんて、もってのほかである。
ちなみに、こういう馬鹿な人間が異変を感じて医者にあわてて駆け込むと、決まって手遅れという話は良く聞く。が、自分だけは大丈夫という何の根拠もない確信を常に持って生きてきたのが、かく言うワタクシメである。

先日とある総合病院の院長先生のお話を偶然聞く機会があった。寄る年波をも考慮に入れ、また岳友からの脅しもあり、良い機会と思い現状をお話しし、恐る恐るせめて胃カメラぐらいは呑んだ方がいいのかと質問してみた。
院長氏は私の顔を一瞥するや、職場の健康診断で何か異常はあるかと聴かれた。
社内でたった2人だけの何の異常もない社員に、不思議なことにこの私が入っているのだ。

日頃の自堕落な生活を知る全社員が決して信じないことからも、世界の七不思議に入っても全然おかしくない事なのだが、まあ会社の健康診断自体かなりいい加減なものと思っている。
で、その旨を伝えると
「心配なら50歳を過ぎてから受けてもいいんじゃない」
と拍子抜けするお答えであった。

これに気をよくし、その後暫くは放蕩の限りを尽くす生活が続いたのは言うまでもない。が、そんなに良いことは長く続かないのが世の常、最近は前日の酒が残りやすく、また腹部にチクチクした痛みを感じる機会が多い。尾籠な話で恐縮だが快食、快眠、快便とは決して言えない体調が暫く続いた。

さすがこれにいたっては、いくら脳天気な私も少し怖じ気づいた。暗中模索し自分の命の短さを嘆き、これまでの喜怒哀楽様々な人生の局面が、走馬燈のように思い浮かぶ、そして恐怖におののく日々が暫く続いたのだが、本日、清水の舞台から飛び降りる心境で、仕事をさぼり近所の胃腸科の受付に赴いた次第である。
冒頭にも書いたが、本当に断腸の思いであった。

それでも受付で 「今日は胃カメラ呑みますか?」と聞かれると
「えっ? いえいえ・・・」 と青ざめた表情で首を振る小心者がこの私である。

待つこと暫し、看護婦さんが問診票を手に色々質問された。決して目を合わさずにうつむきながら、ボソボソと小声で答える自分・・・

「じゃ、初めてなので鼻からの内視鏡を・・・ ほんの一分ぐらいで済みますので・・・」

「・・・・・・・(冷汗)」

「全然苦しくないですよ(笑)」

「うううう・・・ ふぁい(大汗)」

と相成った次第である。


まな板の上の米沢鯉の心境で待つこと暫し、空耳かと思ったが我が名を呼ぶ恐怖の声が・・・
別室に通され看護婦さんが差し出す杯一つほどの白濁した液体をゴクリと呑み干すと、すぐさま鼻孔に変なスプレーをシュッと一拭き、暫くして白衣の天使とは名ばかりの、冷たくキラリと光るメガネを掛けた、鬼のような別の看護婦さんが現れ、水飴のような透明な液体を大さじ一杯なめろと言う。しかし決して呑み込まずに3分ほど喉の奥に留め置くよう厳命を受ける。思わず、
さ、3分もですか・・・」 と聞くと、鬼のような天使は、きっと睨みつけコクリと頷くや、すぐさま我がか弱き喉頭にグイッと匙を押し込み立ち去る。

ウッ・・・ 不味い!

梁からつり下げられた新巻鮭のように、天上を睨み付け必死に我慢していると、徐々に舌先から痺れるような感覚が喉の奥に広がり感覚が麻痺していく。そう言えば悪魔のような天使は、帰り際に軽い麻酔だと言っていた。
次第にあふれ出してくる唾液を我慢できずついにゴクリと飲み込むと、ああ、もう元には戻れないなと、故郷を遠く離れるような気分になり涙があふれてきた。
その後待つこと暫し、お腹を八つ裂きにされるイメージがリアルに現れ恐れおののく・・・

 こ、怖い・・・

ふと気がつくと、我の名を呼ぶ悪魔のささやきが聞こえた。断頭台に引きずられるように別室に移動し、柳のまな板のような固い寝台に仰向けに寝かされた。すぐに鼻孔に二度ほど悪魔の吐息のような液体を噴霧され、採血される。と、そのまま悪魔の静脈注射が続いた。
頭がボーッとして眠くなるだろうとの注意を受けるも、アルコールで鍛えた我が意志はそんなにヤワじゃないと変な抵抗を試みる。が、すぐに頭がもうろうとしてきた。

暫くして先生が入ってきた。すぐに済みますからねと猫なで声で言っている。喉の奥にチクリとした痛みが走り思わずウゴッとうめく。続いてはらわたに超ロングなマドラーをぐいっと押し込み、不慣れなスナックのお姉さんが無理矢理かき回すような感覚が暫く続く。
冷や汗と共に声にならない断末魔の悲鳴が・・・
「はい、もう終わりましたよ〜」と先生の猫なで声・・・

しかし、まだ体内に異物が入ってるような異様な感覚が続いた。もうろうとした意識の中、良く覚えてないのだが、苦しさはそれほどでもなかったような気がするが、変な痛みのような感覚と、言いようのない恐怖ははっきり憶えている。

終わってから看護婦さんが何やら説明してくれたが、もうろうとした意識の中では何を言っているのか良く理解できなかった。そのまま廊下の椅子に座って待てとの指示だったので、途切れ途切れの意識を懸命に保ち、睡魔と必死に戦いながら待った。

どのくらい待っただろうか、名を呼ばれて先生の前に座ると、悪魔的微笑をたたえた先生が、何か言っているのをかろうじて覚えている。が、先生のご尊顔と検査結果は何故か今も全然記憶にない。
一体何しに行ったのか???

気が付くと受付で薬を渡され、明日の午後に血液検査の結果が出るので、先生のお話を改めて聞きに来てくださいと書かれた紙を渡された。天使のような受付嬢が気分を尋ねたので、まだ頭がフラフラすると答えたら。暫くゆっくり休んでいってくださいと言う。でもちょうどお昼時、一刻も早くこの恐怖溢れる場を立ち去りたいのと、空腹という本能が、とにかく弁当を食べたいという正当な欲求により、そのまま車で会社に飛んで帰った(汗)

後で診察料を確認したら6,530円であった。

帰社後お昼の弁当をペロリと平らげ、ゆっくり昼寝をしたのだが、カラカラと音がする我が頭部のモヤモヤは、なかなかとれなかった。


で今、焼酎のお湯割りを呑みながらこれを書いてる自分は一体・・・

はっきり言って アホですなf(^^;)