飯森&山響 モーツァルトシンフォニーサイクル
   「アマデウスへの旅」 第1年
   交響曲全曲演奏 定期演奏会 Vol.2


交響曲第4番ニ長調K.19

ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466

  ---- 休 憩 ---

交響曲第31番ニ長調K.297 〈パリ〉

2007.10.06(土) 山形テルサホール

指 揮:飯森範親
ピアノ:河村尚子
コンサートマスター:高木和弘


お盆に続いて「山形テルサ」へ、モーツアルト定期の二回目を聴きに行った。
山遊びからおよそ一月遠ざかっているため「山の病」が極限状態、それにもまして柄にもなく家業に勤しんだためか風邪をひき喉はガラガラ、鼻水は出るし熱でもあるのか頭がフラフラする中、やっとの思いでテルサまで運転した。食べ物の味がまったく無いので、ろくな食事もできず結構辛い。何でこんな日に・・・

時間が無く事前に座席を確保できなかったので、一階の前から8番目のステージに向かって右の端っこが割り当てられた。最初少し不満だったが、ピアノの音がクリアーで音的には良かった。
恒例となった飯森さんのプレトークがすぐに始まる。尚今回も各曲の演奏前には飯森さんの解説が付く。

この日のオケの配置は最後列にコントラバスが3台、右隣にバロックティンパニ、中段に管楽器群が並び、前列は向かって左から1stヴァイオリン、チェロ、ビオラ、2ndヴァイオリンの配列、ドイツスタイルである。例によって女性奏者の色とりどりのドレスが美しく華を添える。
尚、この日の演奏の内、4番と31番はレコーディングされるとの情報があった。

まずは交響曲第4番、この曲はモーツアルトが9歳の時にロンドンで作曲したという。
天才の誉れ高きアマデウスも9歳、まだまだ音楽の才を吸収する真っ盛り、彼の若きエネルギーと好奇心が感じられる作品との飯森さんの解説であった。
後年ハイドンの影響を受けるまで、交響曲(協奏曲も?)は全3楽章の作曲が多かったらしい。
私は初めてこの曲を聴いたが、通常の弦楽器にオーボエ、ホルンの編成、幼き日より英才教育を受けた天才の片鱗を垣間見させたくれる曲だろう。


続いてステージ上にスタインウェイのピアノがセットされ、ピアノ協奏曲第20番。
29歳での作曲である。アマデウスには短調の作品が少なく、シンフォニーでは25番と40番の2曲しかない。短調の曲の出だしはシンコペーションが特徴とのこと。

この日の選曲にはマエストロなりのこだわりがあって、全てD調のもの、飯森さんの感覚では、ニ長調は「オレンジ色」、ニ短調は「茶色」のイメージがあり、今日の選曲は秋の紅葉を彼の色彩イメージで表現したとのことである。
なるほど音楽監督は季節柄、考えることが錦秋だ。

盛大な拍手に迎えられ河村さんが登場しすぐに演奏が始まる。
河村さんは最近スイスのクララ・ハスキルコンクールで優勝し今が旬の若手ピアニスト、5歳でドイツに渡られずっと過ごされたそうで、思考的にも日本よりドイツの方が強いそうだ。

熱のためか頭がボーッとしていて、何を聴いてるのか訳が分からなかった私だが、演奏が始まると彼女の演奏ですぐに目が醒めた。
中でも2楽章のカデンツァは、素晴らしく優雅なピアノタッチで、鳥肌が立ったのは熱のせいでは決してない。バックの山響の演奏も素晴らしく見事にピアノとシンクロしており、特に弦楽器の響きが素晴らしく、高木さんが非常に巧くリードしているのが理解できた。ピリオド奏法もどんどん進化し、また一つ山響は壁を越えた感じがした。

協奏曲としては完璧な出来で心の底から感動できた演奏であった。。
この曲が本日のメインと言ったら失礼か?、終演と同時にブラボーの声も飛び出す盛大なカーテンコールが続き、鳴りやまぬ拍手に河村さんも2曲のアンコールで応えてくれた。(団員からの拍手も相当強烈)
ホント、こんなモーツアルトだったらなんべんでも聴き返したい演奏だった。

休憩後座席に着くと、すぐ目の前のドアを開け一人の女性が突然姿を現す。あれ、何処かで見た顔と思ったがすぐに通り過ぎた。よく考えたらさっきまでステージにいた河村さんが、私服に着替え後半を鑑賞するため指定された座席に向かったことに気付いた。間近に見る河村嬢は何とも小柄でキュートなお嬢さんであった。

さてメインの交響曲31番(パリ)。
1778年22歳でパリ滞在中に二年振りに書かれたシンフォニーで、コンセール・スピリチュアルの支配人の依頼で書かれた作品である。
トランペット、ホルン、オーボエ、ファゴット、フルート、クラリネットの管楽器が入る。これだけのパートが入る作曲はこの作品が初めてらしい。
個人的にメインの曲としては短く少し物足りなさを感じてはいたが、演奏はとても素晴らしくキッチリ仕上げられていた。

今回の壮大な企画は全てベーレンライター版で演奏されるそうだが、実はこの曲、作曲当時、依頼者には不評だったそうで第2楽章の書き換えが命じられ、モーツアルトはその求めに応じて書き換えたのだそうで、当初の作曲は転調、転拍等が多く依頼者の意にそぐわなかったらしいのだ。でもって現在のスコアの最後に書き換えられた第2楽章も載っているとのこと。(この日の演奏は最初に作曲された第2楽章の方である)

カーテンコール時に、飯森さんが一度拍手を制しこの話をされ、書き換えられた第2楽章をアンコールとして演奏してくださった。
終演後、ロビーでの交流会で集まったファンにどっちが好みか質問されていたが、半々の結果に少し考え込んだ様子だった。
個人的には最初の方が好きなんだけどなあ・・・

次回は年を越して2月9日土曜日、今からとても楽しみである。



終演後の交流会でインタビューに答える飯森氏

素晴らしいピアノを聴かせてくれた河村尚子さん