【突発性山行病 「火打岳」 顛末】


火打岳山頂

【日 程】2008年5月6日(火)
【山 域】神室連峰
【山 名】火打岳(1238m)
【天 候】曇り後晴れ
【メンバ】単独
【コース】火打新道 → 火打岳 → 砂利口 → 土内口
(概 略)



火打新道入口(6:33)---(8:01)五合目---(9:14)火打岳(9:25)---(9:53)砂利口分岐---(10:24)二股---(13:09)砂利押沢口---(13:38)火打新道入口



巷では連休の羨ましい話題に満ちあふれているが当方には無縁、それでも最終日に何とか半日だけ時間を作り、車庫で主を健気に待つスキー板の誘惑を振り切りそそくさと出発する。
毎度のことながら前夜に突発的発想で決めた山行、準備も何もあったあったものではなく、某サイトから頂戴した略図とカシミールで付近の地形図を大急ぎで印刷し、時間も限られていたので偵察のつもりで出発する。

神室連峰は山形県の北部宮城との県境に25qに渡る長さで連なる山域で、私は過去に両端の神室山と杢蔵山に登ったことがある。主稜線には縦走路が開かれ健脚者は一日で縦走するというも私には夢の話だ。
連峰のちょうど中間地点にそびえ立つ怪峰「火打岳」は、以前から興味はあったがなかなか訪れる機会のない山でもあった。その鋭く尖った山容に惹かれる人も多いのではなかろうか。

初めて訪れる登山口も調査不足ゆえ、ほとんど山勘での走行、迷わずに辿り着けたのは方向音痴の私にはただの偶然である。吊り橋のたもとには二台の先行車があり、たぶん山菜採りだろう。そそくさと準備をし出発、おおよそ一月振りの山歩きゆえ鈍った体が心配だ。
吊り橋を渡り暫く平坦な道を進むと水場があったので水を拾う。小沢を渡ると急登が待ちかまえていた。

およそ高度差150mに息を切らしながら鈍った体を引き上げると尾根に出た。新緑が薫る涼風が心地良く火照った心と体に染みこんでいく。今が春山の一番良い時期だろうとひとりごちながら進むと2.5合目の表示、火打岳へ3,750m、登山口へ1,250mと書かれた看板も立っている。すぐに二の坂の看板が現れ見上げると延々急坂が延びている。溜息を一つつき重い足を持ち上げる。

登り始めて1時間半で五合目の表示が現れた。ここら辺が木々の息吹を一番生き生きと感じられる場所だろうか。未だ連峰上部は雲に隠れて見えないが、深く切れ込んだ谷から立ち上る新緑の息吹は息苦しいほど濃密だ。
下部では新緑まぶしいブナの柔らかな葉も、高度が上がるに従い時間を遡るように小さく退行していく。まるでタイムマシンにでも乗っているかのようでとても楽しい。


   
新緑を全身に浴びながら至福の一時


7.5合目の表示の側には50m下ると水場があると記されているが、今はまだ雪に覆われている。ここから西火打までは広い残雪を登る。足下の雪の感触が妙に懐かしく感じるも、ついこの間まで散々雪で苦労した日々を思うと複雑な心境である。
西火打の頂まで来ると目指す火打岳の全容が現れた。まだまだ結構な距離が残っているものの先が見えた分少しだけ気が楽になる。

それにしても初めて間近に見上げる山容は堂々たるもの、噂に聞いた鋭角な容姿はこの方向からは望めないものの、とても良い雰囲気を持った山である。
視線を転じると連峰の全容が程良く見渡せ思いの外長大な山容に愕然とする。中でも連峰最高峰の小又山が一際目を引く。更に視線を転じると杢蔵山方面のなだらかで女性的な山容も見事でその対比がすこぶる面白い。



西火打からの火打岳


西からの冷たい風に背中を押されて山頂を目指して一旦下る。そして残雪を登り返しガラガラとした急な夏道を進むとすぐに三角点のある山頂に飛び出す。少し霞んではいるものの遮るもののない眺望はどちらを眺めても見事である。



火打山頂からの神室山方面、ピークが小又山


ふり返って杢蔵山方面


空腹を感じパンを頬張りながら長大な縦走路を目で追う。往路は所々残雪で夏道が途切れており何とか登ってきたのが正直なところで、未知の山域での冒険は避けピストンにしようと考えながら登ってきたのだが、いざ山頂に立ってみると周回コースが実に魅力的に思えてきたのは病人の証、もっとも最悪の行動パターンと頭では理解しているのだが、そのあまりに魅惑的な誘惑を振り切ることは、残念ながら私には出来なかった。今は反省している。が、一旦そうと決めたら後先も考えず、すぐに山頂から駆け下る愚か者がこの私である。

急坂を転げるように駆け下りふと振り返る。実際目にするその鋭角な山容は驚愕に値する。こんなアルプス的光景は以前何処かで見たような記憶が・・・
そうそう、丁岳を周回したとき見た萱森とよく似ている。山形県県北には個性的な山が多数存在するが、火打の山容も比類無く個性的で魅力にあふれている。
暫しの間ただただ呆然と見上げる。



怪峰「火打岳」をふり返る天を突く鋭鋒が見事


火打岳山頂での眺望で、視覚的には地形図の1071ピークから北西に派生した尾根を下るのとばかり思っていたが(ルートマップは持っていない)、実際の砂利口は中間辺りのコルから急斜面を一気に下るのだった。下り始めて間もなく広い残雪に夏道を見失う。まあこれは想定内なれど小心者には少しばかり狼狽えたのが正直なところ、すぐに夏道の痕跡を発見しほっとするもスリッピーでスリリングな下降が続く。

突然足下が崩落し土砂と一緒に滑り落ち一回転するも何とか止まった。やれやれ、鈍った体が瞬時の反応を遅らせ対応できない様に我ながらうんざりする。気を取り直して慎重に下ると二股と思われる文字通り二つの沢が合流する場所に降り立った。ここで傾斜がかなり緩み少しだけ気持ちに余裕が出てきた。
ここからは沢沿いに下るも左右に渡渉を幾度も繰り返す。下るに従い沢の水量も幅も増して、短いコンパスで渡るのに難儀する。考えてみたら昨晩結構の降水があったのだった。少し後悔するがもう登り返す気力と時間は無い。


   
二股の様子、中央の尾根がルート   と   時にスノーブリッジをヒヤヒヤして渡る


時折山菜の姿もポツポツ現れ採りたい気持ちを必死に我慢していたのだが、結局ここでも誘惑に負け買い物袋に一つお土産に詰め込む。
更に水量と川幅の増した沢を下ると、大きく崩落した場所に行き当たる。進退窮まりさてさてどうしたものかと暫く途方に暮れる。

渡渉するには水深と流速がありすぎ到底無理だ。飛び石をしようにも表面が苔でとても滑りやすく転倒は避けられない、さりとて高巻きするには切り立った岩肌が濡れていて手がかりもない。四面楚歌とはこのことだ。一旦少し戻ってあれやこれやとルートを考え何度も挑んでみるが、単独ゆえあまり無理は出来ない。ふと切り立った岸壁の上の方に目をやると立派なゼンマイが目に入る。あれを目指せばとルートを目で追う・・・

山歩きは結局は総合力が問われることを改めて思い知る。クライミングの経験は全然ないが、ゼンマイ採りの経験は少しだけあるのだ。ザイルの代役はしっかりと岩場に根を張った細木が担ってくれた。やっとの事でクリアした難所にへたり込む大馬鹿者の姿を、上空でトンビがクルリと輪を書いてピーヒャラと笑っていた。高所恐怖症の軟弱者には辛いルートである。

気を取り直して更に進むが暫く難所が続くも何とかクリアー、良坊沢(エボザワ)の表示まで下ればもう安心と思った。が・・・
立派なゼンマイがどうぞ採ってくださいと言わんばかりに待ちかまえていた。
最初は無視していたのだが、あまりの見事さに根負けしザックを放り投げ急な岩場に取りつくこと暫し、あっという間に買い物袋一つになる。ザックにはとても入りきらないので、片手にストック、片手にゼンマイの入った袋を持ち、ヤジロベエのようにフラフラしながら片側が切れ落ちた道をゆっくり進むと泉田川の本流に辿り着いた。

んんんんんん?ルートは・・・
暫く辺りを彷徨くも結局渡渉するしかないことに気付く。
ここは本流ゆえ川幅、水量、水深ともにさっきまでの比ではない。登りよりも倍以上に増えた荷物と登山靴、さらにはズボンまで脱ぎ小さなザックに何とかくくりつける。
ストックを頼りに冷たい流れにソロリソロリと入ると、あらあら流れが強く流される流される・・・。
何とか対岸に辿り着くも腰まで水に浸かってしまった。まあ酷使した筋肉のクールダウンにちょうど良かったとうそぶく大馬鹿者であった。


   
砂利押沢の様子   と    泉田川の渡渉点


尚、この日は誰一人行き交う登山者のないとても静かな半日山行であった。

少しだけ苦労はしたが、お土産も何とか持ち帰ることが出来、実に充実した山遊びだったと思ったのは、自己弁護か負け惜しみか・・・


今はただただ反省し自己嫌悪に陥っているが、そのうちケロリと忘れるんだろうなぁ〜。


いやはや我ながら何とも困った病(やまい)である。