【朝日龍門小屋にて避暑】
                沈滞と撃沈、”ボケーッ”と命の洗濯に時を忘れる


龍門小屋前からの燃え上がる見事な夕焼け

【日 程】2005年8月14〜16日(日〜火)
【山 域】朝日連峰
【山 名】竜門山(1688m)
【天 候】雨
【メンバ】単独
【コース】
(概 略) 日暮沢 → 清太岩山 → 龍門小屋 → 日暮沢


8/14日暮沢小屋(10:00)---(12:54)清太岩山(13:10)---(13:50)ユウフン山---(14:33)竜門分岐---(14:45)龍門小屋(同泊)
8/15龍門小屋(11:46)---(12:25)ユウフン山---(12:45)清太岩山(12:55)---(14:06)日暮沢小屋


今年の盆休みは龍門小屋に避暑と決めていた。あまりぱっとしない天気の中、日暮沢に到着、雨がぱらぱらと落ちてきた。結構の数の車がとまっている。取り急ぎ身支度をし水をいっぱい汲んで出発、蒸し暑い樹林帯の急登で大量の汗をかき早速ばてる。今日の荷物はやけに重い感じ、体調も夏風邪気味で足が全然上がらず、だましだまし高度を稼ぐ。家で冷房を効かせててゆっくりしていれば良かったと思ったが後の祭りである。亀足でも一歩ずつ登れば何とかなるもので這々の体で清太岩山着、何と3時間もかかってしまった。A.TOM隊長の怒った顔がふと過ぎる。
ここまで来ればもう下界とはおさらばだ。

ユウフンの登りで本格的な雨、暫く木陰で晴れ間を待つが無理と判断し合羽を着る。暑い最中に雨具の着用でますますペースが上がらずノロノロと歩を進め何とか龍門小屋へ、何と5時間近くかかってしまった。恐る恐る扉を開け中に入るやいなA.TOM隊長が「遅い!!」と一言・・・
すいませんと小さくなる。管理人のEさんから体が温まっている内にと冷たい朝日ビールをありがたく頂く。何はともあれプシュ、ゴクゴクゴク、うめっっぇ・・・

あいにくの天気で小屋の中は満杯の様子、何とか隅に荷物を置かせてもらい、お土産の朝日ビールを差し入れ何とか宴会の末席に加えていただいた。
ここに来るたびに新たな出会いがあって楽しい。隊長は完全に出来上がっておりかなりのテンション、暫く素面ではついていけない感じ、賑やかな笑い声が響く。持参の食料は全然出す暇もなく次から次へと料理が出てくるし、飲み物も何でもどうぞの雰囲気、この日は三十数名の宿泊とか、二階は静かにお休みの方が多かったようだが階下は管理人室に場所を変え二次会の始まり、延々と宴は続く。

明けて15日は朝から大雨、強風、ガスで何も見えない。5時で起きたが誰も起きてこない。いつもなら4時頃からガサゴソと出発の準備が始まるのに皆諦めた様子、7時になっても誰も出発しない。完全に沈滞である。
階下の皆さんは朝からプシュッと朝日ビールを飲み始める。Sさんが窓からガスで何も見えない外を眺め「あそこに低気圧が停滞しているのが見える」なんて指さしながら訳の分からないことを言っている。朝食は餃子とカルビ焼き、つまみに朝日ビールと何か昨夜の宴会の続きのようだ。今日は隊長とSさんとWさんが降りる予定、もう一人のSさんと私は連泊である。でも、どこにも行けないのだ。

でも小屋にいるだけで心が落ち着く。ここは下界から遠く離れた別の世界、世俗の煩わしさなど存在しない。隊長達も下るのがもったいないみたいでいつまでもぐずぐずしている。8時頃から他の宿泊者達の出発もちらほらと始まり、先発隊も下山準備を始めた。私たち二人は、それを足をだらしなく延ばしてホゲーッと見ていたら、管理人のEさん曰く、絶妙の対比だと笑われ写真を撮られる。

三人を見送ると小屋の中は静かになり、もう何もやることがないので、マットを敷き持参の文庫本を開いてごろ寝、皆それぞれ勝手気ままに時を過ごす。不思議なことに家でボケーッとしているよりずっとボケーッとしていられる。完全に脳味噌が止まってしまった。文字を追うのも億劫になってきたので、昼少し前に長靴を借り雨の中、寒江山まで散歩に出かける。

  
南寒江山付近のお花畑
ガスの中よく見えないがマツムシソウとハクサンシャジンがすごい



  
左、ダイモンジソウピンクが良い
右、トモエシオガマ、白花(右側)とピンクが混在していた。

それにしてもいやはや何ともすごいお花畑である。ハクサンシャジンとマツムシソウの群落が見事だ。雨で煙ってはいるが、これもまた一興、ミヤマコゴメグサがビッシリと可憐で小さな花を咲かせている。
雨の中なのに名も知らぬ蝶がいっぱい飛び交っている。立ち止まると草むらからジーッと音がした。よく見ると蝉が一匹、手に取ってみる。指の先でトントンとつついたら羽をばたつかせたので手を離す。ゆらゆらと危なっかしい飛行で数回上空をゆっくり旋回し、やがて雲の中に消えた。それをゆっくり見送る。
あたりに人は誰もいない。自分だけの時空がゆっくり穏やかに過ぎてゆく、とてもとても贅沢な時間だ。この光景を何と表現したらよいのだろう。言葉が出ない・・・
ゆっくり小屋に戻る。

夕方少しの間晴れる。月山がクリアに見えた。時折隠れるが寒江山から以東岳までもきれいに見えた。しかしなんと言ってもこの日のメインは夕焼け、本当に素晴らしかった。刻々と変化する鮮やかな景色に夢中でシャッターを切る。面白いことにEさんが、素晴らしい、きれいだと連呼しながら他の人達より一番嬉々として写真を多く撮っていたように思う。それこそ何百回とここに通い、飽きるほど見慣れた景色だろうが、毎回違った景色を見せてくれることを彼が一番良く知っているのだろう。その感性が羨ましくとても素晴らしいと思う。日が暮れると山形と鶴岡の街の灯がきれいに見えた。下界では花火が上がったそうだが残念ながらここからは見えなかった。


  
左、月山方面  右、以東岳方面

  
左、相模山から新潟方面  右、刻々と変化する以東方面


今夜の宿泊者は十数名、静かな夜が過ごせそうだ。と言うのは嘘で今夜も宴会だ。1次会を過ぎるとSさんはダウン、私と仙台からのIさんが二次会場にお邪魔する。Eさんにいろんな山のお話を伺いながらゆっくり夜は更けていく。
いろんな人がここを通り過ぎて行き、つかの間の出会いや別れが繰り返され山の時計はゆっくり時を刻む。しかし体感する時間は非常に速い。あっという間に至福の時間は過ぎて行くのだ。何にもしないでぼんやりして時を過ごしたはずなのに不思議な充実感がある。

ここで出会う人達の表情はとても明るく、みんないい顔をしているのだ。下界では見ることの出来ない笑顔が多いし、中には難しい顔つきの人もいるが話しかけると皆穏やかな返事が返ってくる。人間本来の優しさを思い出させてくれる場所なのかも知れない。


     
ご機嫌な筆者と管理人のEさん


明けて16日早朝は少しの間晴れていた。が、すぐにガスの中、朝からまたまたプシュである。時折雨も混じる。小屋の中で晴れ間を待つがなかなか晴れない。またまたボーっとしたまま数時間、ぼちぼち大朝日からの縦走者がやって来る頃、外が明るくなる。
Sさんと外に出て傍らの石に腰掛け時折姿を現す山に視線を固定しぼんやりする。久し振りの太陽が心地よく微睡みを覚える。何時間でもこのまま見ていられる変な自信が私にはあるのだ。呆れたEさんが気付けの水割りを持ってきてくれた。

寒江山から相模山にかけての稜線が私の一番のお気に入り、刻々と色彩が変化する。どうして自然とはこんなに面白いのだろう、いくら見ていても飽きることがない。狐穴小屋からSさんが管理の引継にやって来るとEさんは業務に戻る。何か小屋の周りで色々説明してたみたいだが、その間中私は目を点にしてずっと景色を眺めていた。だめだ全然動けない、まるで金縛りにあったようだ
そうこうしている内にEさんが出発、三日間お世話になったお礼をやっとの事で言えた。彼が去るとまた同じ位置、同じ姿勢で目が点、帰りたくないよ〜・・・

よしと自分に声をかけ腰を上げ帰りの支度、管理人のSさんに挨拶し、三日間御一緒したSさんと、また会いましょうと固い握手をしてお別れ、彼はもう一泊滞在のようだ。羨ましい・・・
ゆっくり景色を楽しみながら下山、長いようで短い時の流れ、しっかりと心の休息が出来た休暇であった。